過去3回パソバ・オリガさんの学位論文を参照してまいりましたが、今回はその研究結果から、日露バイリンガルの犯しやすい間違いについてまとめられた部分を取り上げます。我々の経験からの知見とよく合致するものですが、研究目的での分析ではありませんでしたので、今回は皆様に紹介し、バイリンガルのお子さんへの継承語としてのロシア語の教育が「専門分野」であることをお伝えしたいと思います。
以下青字はパソバ・オリガさんの学位論文からの抜粋です。
最近、この40 年以上にわたって、学習者の言語・認知・学力の発達に加算的バイリンガリズムの肯定的な影響について200 本の研究が既に実施された。「加算的バイリンガリズム=付加的バイリンガリズム」とは学力的・概念的にも母語を発達させながら、第二言語を学習することの意味とする(付加的バイリンガリズム参照:小池,生夫編2005:85)。
継承教育の研究をしているПодгаевская (年度非公開)の観察によれば、継承語学校の受講者の多くには、文法カテゴリー自体(「動詞」、「名詞」、「語尾」)についての理解が浅い。しかし、ロシア本土や大使館付属学校の教育方針は、その概念についての充実した理解を求めていることになっている。しかし、現地学校は、その文法カテゴリーの概念化には、焦点を当てていないため、問題が起こる。そのため、動詞の活用のミスは、避けられないだろう。ただし、長年にわたるПодгаевская
の観察に基づいて、7 歳のバイリンガル児童は、すでにロシア語の動詞を扱うことができ、動詞の時制、命令形、不定形を活発的に利用している。しかし、主な問題は、名詞、形容詞、代名詞、数詞の活用における語尾の誤用等に表れている:所有代名詞と関わる名詞の語尾不一致が少なくなく(“мое день рождения”「私の誕生日」など)、名詞の性、数と動詞の語尾変化の不一致も目立つ。たとえば、“Звонил Ямада”(「山田さんが電話をかけた」)という例で、山田さんが女性であれば誤用である。
名詞、数詞の格変化にも問題が多くみられた。数詞に関する誤用の例をあげると、以下の例のように、被験者の多くが数詞の格変化を避けて、全部を主格にする傾向がある。
– А у тебя нет кошки?
– Нет, потому что у меня аллергия.
– На кошек?
– Да. Где-то до четырнадцать лет нельзя. (JF21: 「導入タスク」)
名詞に関して言うと、 “Дом из кирпичев”(「レンガ造りの家」の生格), “дом из сены”(「藁で(できた)」の生格)、 “поросёнков”(「子豚たち」の生格変化)などの誤用例が多くある。あるいは、以下の例の通り、「テーブルには何がありますか?」という問いに対し、「水」という単語の語尾の格が間違っている例がみられる。その理由は、「水」は「水をください」といった日常生活においてしか聞いていないため、その表現の格をそのまま用いるためである。
‐ На столе что мы видим?
‐ Чай или водички. (JF06: 「部屋」カード)
名詞とともに使う前置詞の運用にも問題がみられた。特に2.0 世以降の場合は、 “в / на”という前置詞の使い分けがしにくい。たとえば、 “в полу”(「床の上」)といった誤用例が圧倒的に多く、また、それとともに前置詞の省略も目立つ。 “Ты можешь прийти моё день рождения?”(「私の誕生日
のパーティーに来られますか?」)の例のように、名詞・代名詞の性が一致していないほか、 “на”という前置詞が省略されている。継承語話者は、特に正解がわからないとき、しばしば前置詞を省略する。ほかにも、“ото рта”「口から」といった前置詞に誤用の例が目立つ。このことは、ロシア語の基盤となる格変化の制度は、7 歳のバイリンガル児童にはまだ完全に発達していないから、起こるのである[Подгаевская Ibid.]。
動詞の選択にも誤用の例があったが、以下にあげている例と同様に文法的に正確ではない動詞の活用のほか、抽象概念を表す名詞に求められる動詞が不足しているのがロシア語の継承語話者の共通問題であると思われる。
また、再帰動詞(“-ся”という接尾辞が付いている/付いていない他動詞・自動詞の関係)を区別できず、 “Волк догнался”(「狼は追いかけた」)、“одевает”(「着る」) といった誤用例が頻繁に出てくる。前者の場合は “-ся”が不要であるが、逆に後者の場合は、対象がなければ、 “-ся”が付いていないと不自然である。上記の例は、母語話者の直感でしか区別できない微妙な違いのパターンを示している。
以上を踏まえ、2.0 世児以降の母語不一致家族の子どもも継承語教育としての特別な指導が必要であるとわかった。
Jarucoでの例を少し加えますと、
バイリンガルのお子さんには(“Моё День рождения”「私の誕生日」)”等の誤用例がよくあります。正しくは: “мой День рождения”.です。軟音で終わる名詞の中に女性と男性形の両方がありますが、子供たちににわかりにくいのは、なぜ”добрый день(男)”と “тёмная ночь(女)”の所の語尾が同じではないかということですね。どうやって”конь”(馬雄)と”лошадь”(馬雌)の性別を区別するのか、どうしても辞書で確認しないとなりません。”зелёный тетрадь”(緑のノート)みたいな間違いはしょっちゅうおかすものです。
特別な形ですがロシア語で-а/-яで終わる男性名詞もいくつかあります: папа, дядя, дедушка, Миша, Петя…その時子供が活用できずに”Папа пришла”(父が来た)と良く言います。正しくは:”Папа пришёл”. です。
生格の複数男性名詞には-ов/-ев/-ейという語尾があり、どちらがいつ使えるかの文法上の規則が不明確で、子供たちを悩ませています。
さらに、動物の子供についても特別な複数形があります。たとえば
поросёнок – поросёнки – поросята
жеребёнок – жеребёнки – жеребята(子馬達)
котёнок – котёнки – котята(子猫達)
“поросята”から生格にすると”Волк хотел съесть поросят”(狼が子豚を食べたかった)になります。
Сèноの場合はアクセントが語尾の所にないので、「о」は「а」に聞こえます。子供はよく女性名詞と思って格変化させてしいます。”Дом из сена”或いは”дом из дерева”が正しいですね。
ВとНАの違いも確かに多いですね。具体的に日本語の「の中」と「の上」のように教えます。ただしそれだけではバイリンガルはセローフの絵を見ながら”персик на руке”(桃が手の上)と言ってしまいます。
さらに、否定が入る”Тебе не хочется?” (英文訳Don’t you like?)という質問に対しては、バイリンガルはよく ”Да, не хочется”(はい、欲しくありません)と答えます。ロシア語でも他のヨーロッパ言語とともに(No, I don’t )のように”Нет, не хочется”と答えなければなりません。
バイリンガルのお子さんの間違えそうな部分を予め把握、予想し、そのような間違いに対処した教育法が必要であることが良くお分かりいただけることともいます。