日露バイリンガルの研究紹介

前回予告しましたロシア語やバイリンガルに関する論文についての記事を収載します。今回取り上げるのは、ロシア語・日本語バイリンガルに関する秀逸な学位論文で、タイトルは「日本におけるロシア語話者「移民」の子どもへの継承ロシア語教育の展望 : バイリンガル教育からの視点」です。書かれた方はバソヴァ オリガさんで、一橋大学での学位(博士号)を収められた時のものです。

URL http://doi.org/10.15057/26714にて公開されています。

今回は、なぜ研究テーマを表題(タイトル)としたか、つまり課題の設定にいたる背景を見てみましょう。

要約しますと;

1.グローバル化が進み、越境する人々の移動が激しくなる状況下で、日本においても「移民」が増加している。国際結婚で生まれた子どもや、親の事情により来日する子どもも増えている。彼らは、家庭では母語を使い、学校では日本語を学ぶという点で、言語的にも移動している。子どもたちの『越境』は国家間にはとどまらず、学校間の越境も経験している。ロシア出身移民の子どもたちのなかで、二重就学経験者は少なくない(主に東京、神奈川、大阪、札幌)。これは、日本に移住しながら、双方の学歴を子どもに取得させたい親のストラテジーとされる。

2.90 年代以降、旧共産主義崩壊に伴うロシアの経済危機を背景に、来日するロシア出身の女性が増加した。また、ネットによるお見合いを経て、美しく過程的なロシア女性と誠実な日本男子との国際結婚で日本に滞在する女性は決してすくなくない。さらに、留学生の滞在長期化や定住化が進むなかで、彼らが日本で次世代を出産し、母国から家族を呼び寄せる傾向が見られる。

3.こうした特性を背後に日本では、ロシア語を継承語とし得る子どもの多くが、実際にはロシア語と疎遠な言語生活におかれ、外国人登録者として統計に反映されない(統計上で日本国民扱いのため、外国人の枠に含まれていない)国際結婚を経て育つ子どもの多い。また、子どもは日本生まれであることが多い。

4.継承語教育とは、親が自分の母語を子どもに伝えることであるが、ロシア出身「移民」の子どもに対する継承語を含む教育の場が、充分に備えられていない。日本全国に多数の民族学校、あるいはインターナショナル・スクールが存在しているのとは異なり、ロシア語の場合、コミュニティが支えるインフォーマル式の学習室で継承語教育を行う場合が多いのが現状である。しかし、制度化されていないゆえ、十分に整ってはいない。フォーマル形式の場として選択可能な学校は、他のエスニック・グループに比べてごく限られており、外交官の子弟を対象とする、全科目でロシア語による教育を提供する在日ロシア連邦大使館付属学校以外にはない。

5.日本語を母語とする国際結婚を経て育つ子どもは、母語である日本語も伸びなやむケースが目立つ。日本語も、ロシア語も伸びない状況が続く例が少なくない。

6.ロシア以外のエスニック・グループには、宗教及び教会が継承語教育の維持には大きな役割を果たすことが多い。それに対して、ロシアン・コミュニティは、保守的な宗教コミュニティとはなりえない。その背景には、ソビエト時代の宗教信者に対する政府のレベルでの追放が一つの要因として存在する。

7.ロシア語継承の教育について論じた研究も今日読むことができるが、ほとんどは、ロシア語話者グループ(旧ソ連出身ロシア語話者を含む。その内にはウクライナ、ウズベキスタン出身者が少なくない)を特定し、ディアスポラにおける継承語教育の問題点を指摘している研究である。しかし、「移民」の子どもを対象にした実践的研究は、日本における他のエスニック・グループ(主に中国人、ブラジル人)に関するものが見られるが、ロシア語話者を親に持つ子どもが置かれた状況を現時点で再確認し、日本語及びロシア語に関してかれらの言語発達を測定する研究は、皆無に等しい。

以上述べてきた問題を踏まえ、本研究ではロシア語話者を親に持つ日本に居住する子どもに焦点を絞る。

それでは簡単に解説を加えますと、

2では日本にロシア人が増加した一因を述べています。現在は興行ビザが厳格化されたため、こうした形での来日女性は減っておりますが、一方ロシアでビジネスを行う企業は増加しており、ロシアへ赴任したビジネスマンが花嫁を連れて日本へ帰国すると言うケースは今後も増えていくと思われます。

4ではロシア語を継承語として教育するシステムが未整備であることを指摘しておりますが、Jarucoはまさにこのような需要にお答えするために開校した語学学校です。

5ではロシア語・日本語のバイリンガルでは、両方が一定のレベルに達しないダブルリミテッドの状態に陥りやすいとの警告です。

6では日本に比較的多いブラジル・ペルーなどの南米系、これにフィリピンを加えたカトリックの国の人々には宗教を軸とした大きなコミュニティーを形成しやすく、一方ロシア系の国にはロシア正教と言う核があるにも関わらず、ここを中心としたコミュニティーが形成しにくいと言う現実を明らかにしています。Jaruco創立以前に、スペイン語コミュニティーへ日本語を教えていたスタッフがおり、彼らと余暇をともに過ごす際よく日曜日に四谷のソフィア協会へ行き、ミサに通い、スペイン語やポルトガル語、そしてタガログ語のコミュニティーの結束の強さを実感したとのことです。

7.については特に我々も強く思うことであり、もっとロシア語に特化した研究がなされ、成果が発表されることを期待すると同時に、我々の経験をさらに蓄積し、よりよい教育法開発に向けて情報を発信し、皆様と共有していきたいと思っています。今回取り上げたオリガさんの学位論文は、そうした問題に正面から取り組んだ研究結果で、今後ももう少し掘り下げて皆様に紹介したいと思います。また他のエスニックを題材とした研究結果であっても、一般化した理論はロシア語・日本語バイリンガリズムに応用可能な方法論は多くあり、これからも余念なく追跡していくつもりです。

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