ゴーゴリ「外套」を読むためのイラスト ロシアファッションブログ169
ロシアファッションブログです。今回から、ロシア小説における各シーンをモチーフにイラストを取り上げます。我々日本人が20世紀初頭のロシア文学を読む際、その小説の時代背景、土地柄などを想像するには困難を極めますが、その際ロシア人が描く、各小説の重要な登場人物やシーンのイラストを参照することで小説の理解を高めてくれることと思います。本日からのシリーズがブログ読者の皆様にお役に立てたらと思います。
まず最初、1回目はゴーゴリの「外套」です。
小説抜粋の出典は、日本ブッククラブ発行、決定版ロシア文学全集 4 ゴーゴリ死せる魂ほか 米川正夫訳 1971年11月30日発行 です。
まずは、出だしの場面からの抜粋です。
「さて、ある役所に、ある役人がつとめていた。役人といっても、人目をひく立派な役人とはいえない、背がひくく、いくらかアバタ面で、髪がすこし紅く、いくらかショボショボした目をしていて、ひたいの上に小さな禿があり、両頬にしわがうかんでいる。」
「彼の名はアカーキー・アカーキエヴィチといっていた。」
「彼がいつどんな時にその役所へつとめるようになったのか、そして誰が彼を任命したのか、これについてはだれもおもいだせなかった。どれだけ長官たちや課長連がかわっても、彼はいつもおなじ場所、おなじ地位、おなじ職務に、おなじ書類係をしているのがみられた。」
「この役所では彼はどんな尊敬もはらわれなくなってしまった。守衛たちは彼が通りすぎるとき、起ちあがらないばかりか、彼の方を見ようとさえしなかった。まるで受付のところを、つまらない蠅がとおりぬけるみたいだった。上役たちは、何となく冷たい、おしつけるような態度で彼をあつかった。ある課長補佐の男など、いきなり彼の鼻さきへヌッと書類をつきつけるのだった。」
「彼もまたその書類をチラと見るだけで、だれがそれをもってきたのか、そんな権利をもっているのか、そんなことにはおかまいなしにそれをとりあげるのである。」
次は仕立て屋での交渉の場面です。
「『いや、じつは、わたしがやってきたのは、その・・・』アカーキー・アカーエヴィッチは、ものごとを説明するのにはたいていの場合、前置詞や副詞や、じつはなんの意味もないような言葉をつかうくせがあったということを知らなければならない。もしもことがめんどうになってくると、彼は文句をすっかりさいごまで言い終わらないくせさえあった。こうして「それは、じっさい、その・・・・」といった言葉で話しはじめて、それからあとはもうなにもつづかず、じぶんではもうすっかり話してしまったとおもいこんで、忘れてしまうことがずいぶん多かった。」
「『どういうことですかな』(仕立て屋の)ペトローヴィチは言った。」
『いや、じつは、その、ペトローヴィチ・・・・この外套のラシャが・・・そら、見えるだろ?どこもほかのところはまるでしっかりしているんだが、すこし埃がかかって古ぼけてみえるけど、これは新しいんだ、ただここんところが一か所、いくらか、その・・・背中と、それに、こっちの肩のあたりがもう一か所、そこしばかりすりきれているだけなんだ。それに、こっちの肩の方も、すこしばかり・・・わかるだろ?それでみんなだ。たいしたしごとじゃないが・・・』
「ペトローヴィチはこのカポート(上っ張り)をとりあげた。まずそれをテーブルに広げて、長いことながめていた。」「嗅ぎたばこを一服すると、ペトローヴィチはカポートを両手でひろげて、それを明るい光にむけてしらべた、そしてまた頭をふった。
「嗅ぎたばこを一服すると、ペトローヴィチはサポートを両手でひろげて、それを明るい光に向けてしらべた、そしてまた頭を振った。それから今度は、それが裏返しにして、またも頭を振った。もう一度紙切れが貼り付けてある将軍の絵のふたを取って、嗅ぎタバコを鼻の穴に詰め、蓋を閉めたばこを入れをしまい込んだ。そして最後にこう言った。『いや繕うことはできませんな。ひどい外套ですよ!』
「そして、主人公アカーキエヴィチはとうとう新しい外套を仕立て屋につくってもらい、届けられた新調の外套を着て、勤め先の役所に出勤します。
それは・・・何月何日のことか、言うのは難しいがおそらくペトローヴィチがその外套を持ってきてくれた日は、アカーキー・アカーキエヴィチの一生で一番華やかな日であったに違いない。
彼は払いを済まして礼をいい、そのまま新しい外套を着て役所に出かけた。ペトローヴィチは彼に続いて外に出たが、通りで立ち止まってしばらくは遠くからその外套を眺めていた。それからわざと脇道を進んで曲がった路地伝いにもう一度通りに走り出て、自分が作った外套をもういっぺん別の側から、つまり正面から眺めようとした。一方アアカーキー・アカーキエヴィチは気も心もウキウキした状態で歩いて行った。彼は自分の肩に新しい外套を1分ごとに感じて、内心の満足からいく度か笑いさえした。実際二つの良い所があった。一つは暖かいこと、もう一つは立派であることだ。彼は途中のことなどほとんど気づかず、気がついてみるといつのまにか役所にいた。」
さて、新しい外套を羽織って、役所に到着したアカーキー・アカーキエヴィチに、同僚たちは好奇の目で色々話しかけます。お祝いに皆を夕飯に誘うべきだという同僚の勧めに戸惑っていると、さして仲の良くない上役が、度量の広いところを示すために、アカーキー・アカーキエヴィチのために晩さん会を開くことを申し出た。その上役の家へ向かうシーンです。
「暗くなるまでしばらくベッドの上でぐずぐずしていた。やがて遅れてはならないと服を着替え、外套を肩にかけると、街路へ出て行った。」
「とにかくいずれにしても、その役人が市内で一番良い地区に住んでいたことは確かである。したがって、それはアカーキー・アカーキエヴィチ の所から大変離れていた。はじめアカーキー・アカーキエヴィチはあかりの乏しいなんだか人気のない通りをいくつか通り過ぎて行かなければならなかった。けれどその役人の住居に近づくにつれて、通りは次第に賑やかになり、人間も増えあかりも強くなってきた。歩いて行く人影が次第に多くちらつきだし、綺麗に着飾った貴婦人たちや、海狸の襟をつけた男達にも出会うようになり、・・・・」
上役の晩餐に招かれたアカーキー・アカーキエヴィチは、しばらくの間はみんなの中心に据えられ、外套を弄ばれなどしましたが、そのうちにみんなも外套やアカーキー・アカーキエヴィチの存在も忘れたかのように、かるたテーブルを取り巻き遊び始めます。アカーキー・アカーキエヴィチもいどころを失って、帰宅時間が気になり始めます。
「主人が何か引き止めるようなことを言い出さないように、彼はそっと部屋から出て行って、玄関で外套を探した。外套が惜しくも床にずり落ちているのが見えた。それを振ってついている埃をすっかりふるい落とし、肩へ着込んで階段を下り通りへ出た。通りはまだ明るかった。」
「アカーキー・アカーキエヴィチは愉快な気持ちで歩いて行った。なぜだかわからないが不意にある婦人の後を追って走り出しもした。その女は稲光のように彼のそばを通り過ぎて行ったが、体のどの部分も普通ではない動きに満ちていた。だが、しかし、彼はそこですぐ立ち止まり、またこれまでのように大変静かに歩き出した。いったいどうして駆け出したのか我ながらわからないのが不思議であった。まもなく前方に人気のない街路がずっと見え出した。そこは昼間でさえあまり気持ちが良くないところで、夜はなおさらだった・今その街路はますますもの寂しく、人気がなくなり、街頭の瞬きも次第に少なくなってきた。」
その後、彼はこの仕立てたばかりの外套を追いはぎによって奪われてしまいます。
いかがでしたでしょうか。ブログ筆者としては、新調された方ではない、ボロボロの外套のイラストや、新しい外套を盗まれて、憔悴しきった主人公の表情なども見てみたかったのですが、まあこちらは、どうあれ、イメージすることは容易ですね。これらのイラストが、ゴーゴリの代表作の一つ「外套」を楽しむうえでのご参考になれば幸いです。
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