ロシア民族衣装のお店キリコシナ

ロシアファッションヒストリーオープニング

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今ロシアファッション、特に民族衣装のルパシカやサラファンの研究に勤しんでます。ディープラーニング中です。

動機は嫁に作ってもらった、ロシアの民族衣装、いわゆるルパシカというやつが割と着心地がよく、

ルパシカ ロシアタイプ
コソボロートカ

 

これを着てトルストイやゴーリキーなどを読むと感情移入がし易くて、BGMもチャイコフスキーやコルサコフなどのクラシック、あるいはロシア民族音楽などを軽くかけると部屋はもう、田舎のダーチャになります。

ウラル、イジェブスクのダーチャ 嫁の叔父と

出典:wikicommons
Muromtsev_Dacha_inside_5[1]

(上の2つの画像がダーチャ、一般的には安普請の木造、レンガ、石造りです。キャプションのように私たちが撮った画像が外観、内部はフリーの画像を使いました。寒さ防止に窓が少ないので暗く、古い家具が使われるのが普通です。)

つまり、この惚れ込んだルパシカ、そしてもっと基礎的なロシアのファッションの歴史を知りたいと思い、調べたものをブログにまとめようと思いました。資料はウェブサイトやロシア大使館の図書館、ちょっとコストがかかるけどロシアから図鑑を送ってもらったりして集めているところです。

衣装の歴史に関する書籍

まずは日本語におけるルパシカ情報です。調べてみると残念ながら情報不足で、頼みのwikipediaでの記述もほんのわずかです。書いてあることは事実なんですけど、ウクライナ由来のルパシカという内容で、ネタ元はウクライナからの情報なのかもしれません。

ウクライナ キエフにて
こちらはウクライナのルパシカ

ルパシカは日本語wikiに書かれているように、

https://ja.wikipedia.org/wiki/ルバシカ

語源をルバハとし、それのロシア語による愛称であるルパシカが使われるようになったのは確かです。けれども日本語で言うルパシカは、多分ロシアのルパシカ、この形はコソボロートカというのですがこちらをイメージする人の方が多いと思います。

これはロシアのルパシカ、コソボロートカ

よって本来なら、「ルパシカは日本ではロシアタイプのコソボロートカをさす場合が多く、ロシア、ウクライナではそれぞれのスタイルが継承され、違いは主に首の切れ込みの位置と、それに付随する刺繍の位置や幅です。両国ともそれぞれのルパシカの特徴を意識しており、昨今のロシア・ウクライナの紛争状態を反映して、ウクライナでは小学校の制服にウクライナ特有のルパシカを制服とする学校が増えています。」のようなロシア・ウクライナ両方に配慮した内容にした方がいいかqもしれません。私たちももっとエビデンスを集めていずれは書き添えたいと思っています。まずはこちらのブログでまとめていきます。

次回は、ロシア ファッション ヒストリー ルパシカ 1 

にまとめました。さらにブログは続きます。

 

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