ロシア民族衣装のお店キリコシナ
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ロシアファッションヒストリー113 ロシア文学と衣装 ドストエフスキー1

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ソーニャとラスコーリニコフ 出典:https://mahaons.ru/obschie-zabolevaniya/rodion-raskolnikov-i-sonya-marmeladova-v-romane-prestuplenie-i.html
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ロシアファッションブログです。19世紀ロシア文学と、それぞれの作品に登場する衣装の役割を考察しています。今回は、ドストエフスキーの作品を取り上げます。

では、FMドストエフスキーの小説「罪と罰」を見てみましょう。まずは主人公のラスコーリニコフにマルメラードフが話しかけているシーンからです。

訳書は日本ブック・クラブ、ロシア文学全集、第1巻、米川正夫訳 です。25ページ。

「しかも、何一つ口を利かないどころか、見やりもしないで、ただ大きな緑色のドラゼダームのショールを取ったと思うと(うちには皆で共同でつかうショールがあったのでがす、ドラゼダームのがね)、それで頭と顔をすっぽり包みましてな。壁の方を向いて寝台へたおれてしまいました。ただ肩と体がのべつふるえているばかり。」

ドラゼダームのショール(プラトック)をまとったソーニャ
出典:https://infourok.ru/simvolika-cveta-v-romane-fm-dostoevskogo-prestuplenie-i-nakazanie-974910.html

原文:

«Ни словечка при этом не вымолвила, хоть бы взглянула, а взяла только наш большой драдедамовый зеленый платок (общий такой у нас платок есть, драдедамовый), накрыла им совсем голову и лицо и легла на кровать, лицом к стенке, только плечики да тело всё вздрагивают»

さて、ドラゼダームとは何でしょうか、日本語でググってもでてきません。ただしロシア語なら出てきます。

Драдедам — Википедия

これは生地の種類で、19世紀で最も安価な布の1つで。平織りの毛糸で都会でも貧困層の間で使われていました。

さてドラゼダームは貧困の象徴として、当時の多くの作家が利用した小道具です。たとえば、ネクラーソフは次のように書いています。「ドアの近くの隅に、ぼろぼろのドラゼダームのマントに身を包んだ銅製の眼鏡をかけたおばあさんがいました」(1843年に書かれたと推察されている「貧乏なクリムの物語」より)

ドストエフスキーと同世代の作家 ネクラーソフ
出典:Public Domain

 

ドストエフスキーの小説「罪と罰」には、ドラゼダームが何度も出ます。次はラスコーリニコフが酔いつぶれたマルメラードフを古アパートに帰宅させたときのシーンです。

日本ブック・クラブ、ロシア文学全集、第1巻、米川正夫訳 32ページ。

「九つくらいらしい、マッチのように細くて背の高い上の娘は、方々敗れた粗末なシャツを1枚着て、古ぼけたドラゼダームのマントをあらわな肩に引っかけていたが、膝まで届かない所を見ると、多分二年も前に仕立てたものらしい。」

ロシアのTV でシリーズ化された「罪と罰」の該当のシーンを挙げておきますが、残念ながらソーニャの妹はドラゼダームのマントは着せられていませんでした。おそらく、アパートの居室内でのマントの着用が、いくら原文にあるといっても不自然だったからでしょう。

 

ロシアTV「罪と罰」におけるシーン
出典:https://www.youtube.com/watch?v=RXwXF68TRZM&list=PLmXgLXSHQ7rlLx8yavHr39sD7ZJ24swm_&index=1

 

このようにドストエフスキーにとって、衣装はアクションの感情的な色付けのために重要です。「罪と罰」の登場人物のラスコーリニコフが見た街娼のソーニャの衣装について説明します。

日本ブック・クラブ、ロシア文学全集、第1巻、米川正夫訳 152ページ。                                                                        「それは、前の人道に立っている十五ばかりの少女の歌につける伴奏であった。少女はお嬢様然と大きく張ったペチコートをはき、婦人外套を着て、手には手袋をはめ、火のような色をした羽飾り付きの麦わら帽子をかぶっていたが、それらはみな古ぼけて、くたびれ切っていた。


出典:https://www.youtube.com/watch?v=RXwXF68TRZM&list=PLmXgLXSHQ7rlLx8yavHr39sD7ZJ24swm_&index=1

 

日本ブック・クラブ、ロシア文学全集、第1巻、米川正夫訳 179ページ。

「ソーニャは控室のしきい際に立ち止まったが、しきいは跨がなかった。途方に暮れてしまって、何一つ意識しないようなようすである。この場合には不似合いな、長い滑稽な尾のついた、幾人の手をくぐったか知れない華美な絹服のことも、戸口を一ぱいふさいでしまった途方もない大きさの腰張り(クリノリン)も、薄いろの靴のことも、夜は不要なパラソルを持っていることも、燃え立つような緋の羽毛飾りをつけた滑稽な丸い麦わら帽子のことも、何もかも忘れ果てたようである。」


出典:https://www.youtube.com/watch?v=RXwXF68TRZM&list=PLmXgLXSHQ7rlLx8yavHr39sD7ZJ24swm_&index=1

ソーニャの衣装により、ストリートガールの古くて使い古したドレスの不条理さが強調されていることがわかります。腰張りが巨大になったり、麦わら帽子などは必要以上に華美に滑稽に描かれています。

最後に、服役している監獄に、ソーニャが面会に行った時のシーンです。

日本ブック・クラブ、ロシア文学全集、第1巻、米川正夫訳 533ページ。

「とつぜん、彼の傍らへソーニャが現れた。ほとんど足音も立てずに近寄ると、彼と並んで腰を下ろした。時刻はよほど早かった。朝寒はまだ和らいではいなかった。彼女は例の貧し気な外套を着て、緑色のきれを(ドラゼダームのマント)頭からかぶっていた。その顔はまだ病気の名残をとどめて、やせて蒼白く頬がげっそりとこけていた。」

出典:https://www.youtube.com/watch?v=RXwXF68TRZM&list=PLmXgLXSHQ7rlLx8yavHr39sD7ZJ24swm_&index=1

こうして、「罪と罰」はエンディングに近づいていていますが、ドラゼダームのマントという小道具が、重要な描写に使われていることがお分かりいただけたと思います。

いかがでしたでしょうか。このブログをドストエフスキーの名作のさらなる理解の役立てていただければ幸いです。次回も「罪と罰」を取り上げます。

 

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